2010年03月31日 (水) | Edit |
率直な感想は、ムゴイ・・・。
あってはならないことが、目の前に展開していました。

生前の彼らの生活。
愛し、愛された大切な家族との、天寿をまっとうして訪れた、肉体の見える世界の、別れ。

騙されているとも知らず、火葬と埋葬を託したであろう。
今朝だって、水とお供え物をそえ、手を合わせているかもしれない。

もちろん、彼らの心・魂は家族の元、あるいはあちらの世界に飛んで行ったと思う。
しかし、彼らが生前、乗り物としていた大切な肉体。
神に、土に、自然に帰してこその感謝であろう。と、私は、思うのです。


先日の県庁、産業廃棄物指導課のKさん・Iさん。飯能市の環境緑水課のKさん。県庁衛生課のNさんとの話し合い。
以前、相談に行った飯能警察、生活安全課のHさん。

やはり、これまでの行政と同じ。
これまでになかったことが起きているのに、現行法での理解をちらつかせ、私たちを納得させようとする。
つまり、できない理由を探し、言い連ねるのだ。

人として、大人として、子供にしっかりと胸を張って、説明できるのか。
言葉だけの愛護法のように、いのちを大切に。たった一つの大切ないのち。
いのち慈しみ、育みましょう・・・などと、美しいスローガンが、頭の上を通り過ぎていく。


現地のことが知れ渡れば、近隣の住民がうるさい。とな・・・。
誠意をつくし、水質検査をし、犯人逮捕に向けて、協力要請は無理なのか。

地主がいるから、長いこと放置できない。
県が借り受けている土地で、しかも、5・6年も放置されてきたのに。

感染症の心配もあるから、撤去を急ぎたい。
では、あの場所以外の袋は無視できないではないか。
山全体など、予算がないからできないというのは、理由にならないと思うのは、私だけか。

本当に感染症が怖いというのなら、情報公開を早くするのが、飯能市民に対しての誠意ではないのかしら・・。


一般ごみとして焼かれ、ごみとして処分されたと知った時、飼い主の嘆きは数倍になるであろう。
大切な家族が、想いを利用され、騙され、乱暴に山の急斜面に放り投げられ・・風雨にさらされ、朽ち果てていく。

公僕であるはずの行政の手にゆだねられたら、今度はゴミの扱い。


ゴミとは、「護美」と当てて書くこともある。
誰かが言っていました。
「雑用という用事はありません。雑草という草はありません。
そう思う、心があるだけです。」
ゴミは
ごみは、誰がその物体をごみと考えるかに依存した相対的な定義である。ある集団にとってはごみでも、別の集団にとっては宝の山という状況が存在する。そこに含まれているものに対して価値をいかに見出すか
また、ごみ(ゴミ、芥、塵、埖、英: refuse)は、役に立たなくなった不要なものをいう。「くず」や「かす」もほぼ同様である。最初から誰にとっても価値を生じない物体、たとえば路傍の石などは、ごみとはされない。誰かが、何らかの理由で一度は所有し、その後価値を失った物がごみとなる。
彼らは、価値を失ってはいません。少なくとも、飼い主だった人々にしてみれば・・。

私たちが現地に赴いた時、古い袋や骨を踏みつけずには前に進めませんでした。
心が痛みました。
お線香どころか、お花も添えてきていません。できませんでした。

このまま、見ないふりの出来る性質でもなく、どれほどの費用がかかるのか解らないのに。、「税金を使って動物としての火葬はできない。しかし、そちらがするというのでしたら、搬送ぐらいのお手伝いはできます」
「私たちは税金、つまり公費で動いていますから。今日の話し合いも公費できているのですよ。」
ときりかえされ、「私たちが資金を集め、こちらで理解して、協力してくれる霊園を探せば、火葬させてくれるのですね。」と、言っていました。

私たちは自費で動き、自分の仕事・生活を犠牲にし、ここにいるのに・・・。
しかも、東京の板橋区に住んでいて、埼玉県飯能市のことに関わっているのに・・。


昨日の記事は同行したスタッフが書きました。
今日は、店長が書いています。

行政の対応は、板橋の時より素晴らしく、早かったのです。
しかし、年度替りがどうとか、予算がどうとか・・。
馬鹿な私には、理解不能です。

関わっていただいた行政の方々をひはんするつもりはありません。
彼らなりに、定められた規則の中での動きをするしかないことは、理解できます。

そして、心あるものとして、人として温もりを感じられる対応であったなら、ここまでの違和感は抱かなかっただろうとおもうのです。


火葬は北区赤羽の東京動物霊園が、協力を受け入れてくれました。
日時を調整し、行政の都合も聞き入れ、荼毘にふされます。
火葬ののちは、一部の骨を東京動物霊園の合同墓地に入れていただき、家族がお参りできるように配慮してくださいました。
ほかの骨は、私たちが責任をもって土に返します。


犯人が捕まってほしい。
少しでも早く、飼い主さんを見つけたい。
あの子達の想いは、解りません。

私は、私の想いで動いているだけです。


コメント
この記事へのコメント
まだ真相は闇の中ですが、動物葬儀の在り方そのものにも一石を投じたくなる事件ですね。度重なる現地調査、板橋周辺だけの問題でも手一杯のところに、遠路、正丸峠まで。その凄惨な現場を見てこられたというだけで、充分な試練でしたのに、まだこれからのことが控えている。

長いようでも限られたお時間の中、タイムリミットを前に決断を下され、今回の処置、方針を決められるまでに至った経緯、改めて驚きの一言です。

風雨に晒されたまま朽ち果てることだけはさせない、その決断だけでも遺棄された犬猫たちは、報われたと思うのは周囲の勝手な思い込みでしょうか。

今回の屍がゴミなどではないことは明らかだと思う一方で、良心の呵責の欠片もない人、予算の枠内でしか義務を果たせない役人、興味本位の反応しか示さない人たち、が居ることも事実なのだと、あらためて思います。そして法律の網。

価値観を分散しなければ、ある意味、社会は機能しません。
皆が同じ一点を向いて走れば、必ず一方で、全く省みられない部分が出来るはずだからです。
今回の犯行を企てた者たちは、きっと全く異なる価値観に突き動かされて、日々生きているのでしょうね。

世間にわからなければよい、手間が省ければ楽ができる、収益も上がるし、すでに失われた命が何ら痛むわけでもない。。。誠に合理的な考えの持ち主のようです。
今回の犯人が明らかにされ、自らの行為を如何に弁明しようとするのか、そのことだけは見届けておきたいと思いますね。
2010/03/31(Wed) 17:36 | URL  | snowy #ioE1F6no[ 編集]
飯能はその昔かなり問題になった多頭飼いの飼い主がいた事件がありました。
言いたくはないのですが、自治体も場所によって様々です。熊本のような前向きなところもあれば、こんな場所もあります。
特に予算で動いているので言いわけめいたことを言ったりしているのでしょうが、情報公開法や、保健所への通報等も含め対応が属人性が高いのも行政の特徴です。

なんともまぁ。情けない話です。
動物を荼毘にふすという事にも法的な整備を必要としますね。現代においては動物は器物ではない、という法改正が望まれます。

何もできなくて申し訳ありませんが、明日ツィッターでRTしたいと思います。
2010/04/05(Mon) 00:41 | URL  | luna_amarilla #bcTUPgFI[ 編集]
感謝します
見つけて下さって
行動してくださって
本当に 本当にありがとうございます。

同じ犬を愛する人間として
心が張り裂けそうです…。

とても遠く
お手伝いできないのが
残念ですが 報せる事 お手伝い
いたします。

ご苦労 心痛
読ませて頂き 涙なしには
読めませんでした。

誰も 動かなかったら
まだまだ 続いていた。。。

本当に 本当に
行動して頂き ありがとうございます。


2010/04/07(Wed) 03:34 | URL  | ★373☆彡 #bV8DUnag[ 編集]
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